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2010年11月24日(水)更新

いつまでも「英語」じゃないでしょ。

大卒の就職率57%。かってない超のつく「就職氷河期」だそうです。
『50社近く受けましたが、内定は1社ももらってません」とか聞くと、
可哀そう、大変だなと思います。

でも私は以前から「就職」、特に新卒の就職についてはいくつか不思議な
思いをしています。日本が高度成長に向かう時代、人手不足、金の卵とか
言われた時代に社会へ出た人間の「世迷い言」かも知れませんが・・。

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順不同、思いつくままに・・

東京などへ出張すると、企業回りをしていると思われる学生さんを見かけ
ますが、男女ともなぜみんな同じ服装、スタイル(髪型なども)なのか。
個性やセンスは服装など外見にまず出るのに、採用側、応募側ともにこれで
なんの疑問も感じていないのでしょうか。(面達とかマニュアルの悪しき
弊害?)

また、入社式の風景などをTVで見ると、男子は同じ黒っぽいスーツ、女子
も黒かグレー・・まるで軍隊のよう。こういうのを「没個性」というのでは。

それと日本人はやたらと英語、英語というけれど、もっと中国語、ロシア語
をはじめアジアや中近東の言葉を子どもの時から学ぶ風潮がそろそろ出て
くるべきと思います。インターネットも大いに利用できるのですから。

日本人の「グローバル」という意識は、今でも明治以来の「欧米」から抜け
出ていない・・ここでも低迷する日米欧から躍進する途上国、本当のグロー
バル化へ語学を含めた教育制度や我々の意識がついていっていないと
感じるのですが。
アジアやいろいろな国で働ければ「就職問題」など解決できる・・小さな
パイにしがみつくのはやめましょう、若者諸君!(笑)

企業が「新卒」ばかりをリクルートしているのもわかりません。採用経費、
入社後もOJTなど新人教育に膨大な費用をかけたのに「僕には向いていない
ことがわかりました」とか「私を“企画とかデザイン”に活かすべきなん
です」などと思いこみとトンチンカンな理由で2年もたたずに辞めていく。

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なんでそんなに(今の)大企業でなければならないの?と思います。
日本お得意の自動車も電機も、こと日本においては先が危ぶまれています。
新卒者が好む情報産業やマスコミ、広告代理店などのサービス産業も、
日本ではそういう製造業と深くつながっています。

もっと視野を広く持たれてはどうですか、と若い人に言いたい。
それにはまず、いろいろな国、地域の人と積極的にコミュニケーションを
とる勉強をしてほしい。そして遊びでもいいから海外にどんどん行ってみて
ほしい。そのためには「英語」もいいですが、近いところでアジアの国々の
言葉も話せるようになってはどうでしょうか。

若者の方から大企業を見限る、くらいの元気を出してほしい、と最近の
「就活・採用事情」を見て、小企業の老経営者である私は、ちょっと情け
ない思いをしています。


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2010年08月17日(火)更新

「優秀な者から解雇する。・・」

台湾「嘉南の大地」をダムを造って潤した男=八田與一については彼が
金沢出身であることくらいしか知りませんでした。

昭和5年(1930年)数々の苦難を乗り越え完成したロックフイルダムは、
東洋一として、アメリカの土木学会は「八田ダム」と命名、学会誌で紹介
しました。

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『ダム建設には数々の困難がありました。工事予算が大幅に削減され、
従業員の一部を解雇せざるを得なくなったとき、興一は「優秀な者から
解雇する。そうでない者は失業すると生活できなくなるから」
と涙を流し
ながら解雇する一人ひとりに賞与金を手渡しました。彼が一度だけ見せた
涙でした。工事中には日本人四十二人、台湾人九十二人が事故や病気で
亡くなりました。興一は彼らのために「殉工碑」を建立。そこには日本人
・台湾人の名を区別なく刻み、公に殉じた人々を心から惜しみ、讃えて
います』

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「優秀な者から解雇する・・・」
八十年前に、いや八十年前だからこそでしょうか。このような日本人経営者
が存在したことに深い感銘を覚えた今朝でした。

*このお話は、毎月ご近所のAさんが届けてくださる小冊子「ニューモラル」
492号に掲載されていたものです。いつもありがとうございます。


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2009年06月15日(月)更新

「丁稚奉公物語」と高島屋の創業者飯田新七

 
丁稚奉公物語 ~郷土の苦労話~
 

この30ページほどの冊子は、元教員で現在も自然観察指導員や郷土史の研究
をされている福井県敦賀市の柴田亮俊氏(80歳)が自費出版されたものです。

地元新聞で紹介があり、無償で60部ほどの頒布のお知らせがありました。
しかしあっと言う間になくなり、入手が難しかったのですが、I支局長のご厚意で
幸い頂くことができました。

私が興味をひかれたのは、大正時代「丁稚奉公」をしたという96歳の南良蔵さん
(敦賀市出身)が、著者に苦労した丁稚奉公の体験を3時間に渡り口述された記
録。そしてほとんど知られていませんが、大手百貨店高島屋の初代飯田新七は
敦賀の出身で、10才の時(1814年)京都へ丁稚奉公に出て過酷な行商から
店を興した、とあったからです。

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南さんは大正7年、尋常小学校を出るとすぐ大阪へ丁稚奉公に出たのですが、
いわゆる本当のご奉公で、無給、粗末な食事と衣服(お仕着せ)が支給される
だけで朝早くから夜遅くまで働くわけです。

先輩のいじめや嫌がらせにも耐え、育ち盛りの身に朝昼はタクワンと味噌汁、夜
たまに魚や野菜の煮物が少しつく程度の食事、ただただ30年近くも働けば住ん
でいる家が退職金がわりにもらえることを希望に働いたとあります。

「家に帰ってくるな」と親から厳命されて奉公に出ましたから、「やぶいり」が唯一
の楽しみ。近江や若狭で今でもある「丁稚羊羹」は、勤め先へ帰る息子に母親
が雇い主、同僚へのお土産として持たせた素朴なものが始まりだそう。

南さんは体をこわし、故郷の大和田商店に入り長く勤めますが、いわれのない
中傷により退店する経緯も話されています。しかし若旦那夫人が自分の無実を
信じてくれ、退職後も何度も店に戻るよう言われたことが嬉しかったと。

南さんの丁稚奉公から退職に至るまでの長年の辛苦を聞くと、丁稚から叩き上げ
られ、番頭への出世がいかに難しいものであったかが、窺えると著者は述べてお
られます。

この話はせいぜい我々の祖父の時代のことです。考えてみれば私たちは現在の
雇用制度や職場環境を手に入れてからまだそれほど経っていないんですね。
100年後、後世の人たちは正規だ、非正規だと騒いでいる平成の世をどのように
評価することになるのでしょうか。

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高島屋の初代飯田新七は敦賀の出身で幼名を鐵次郎といい、10才の春、京都
へ丁稚奉公に出たとあります。名を新七と改めて行商に励んだそうですが、最初
の奉公は実に過酷なものだったようです。

彼のひたむきな勤勉さが認められ、烏丸松原千本上がる西側で米穀商を営んで
いた滋賀県高島郡の出身、高島屋儀兵衛の長女秀と縁あって結ばれ婿養子と
なります。

新七はのちに分家し、古着と木綿の商いを妻と二人ではじめ、屋号も同じ高島屋
とします。これが今日の「高島屋」の初代創業であり、今から170年前のこと。

『高島屋150年史』にある飯田家の記録を引用紹介しますと、
「資性闊達・果断に富み・博愛慈悲の心深く・神仏の信仰篤く・寛容よく人を容れ・
厳格にして貸借せず・万事機敏・敏活を尊ばる・性少急言語明晰・応待巧妙・
衷心誠実なり・業務を尊重すること厚く・勤勉にして衷心誠実なり・文字は鮮明に
見易さを要すとて、細かきを嫌い、常に筆太いにかつ濃墨をもって書かれたり」
とあります。

なお、『高島屋は、故郷の人材育成に力を寄せている。創業150年の記念事業
の一環として、高島郡の教育会に対し、1億円を奨学資金として寄贈している』と
最後に結ばれています。

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要約しかご紹介できませんでしたが、私の父もよく似た境遇でしたので、心に残る
冊子でした。柴田亮俊氏の労作に感謝申し上げます。

(旅行のためしばらくブログ休みます)。


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2009年04月28日(火)更新

「人間、いい加減ってのが大事なんだよッ」・・境野勝悟先生の講演

前回ブログに続いて、先週末開催の「伊勢原ロータリークラブ40周年記念式典」
での記念講演会は、道塾・塾長 境野勝悟先生の「日本のこころの教育」でした。

境野先生は長くミッション系の私立栄光学園で国語教育に携わられ、西欧諸国の
教育事情などにも精通されておられますが、なんといっても洒脱な語り口で古典
のお話から日本人論を縦横無人にお話になるとき、思わず引き込まれてしまいます。

3年ほど前、福井での講演もお聞きしました。現在大磯で中学生の「心の教育」を
主題として、こころの塾・道塾を開かれておられます。

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当日のご講演で最も印象的だったのは、
『日本には “いい加減”という、いい言葉があるじゃありませんか』と。

「いい加減」というとアバウトとか、きちんとやらないというようなニュアンスが強い
ですが、まあ「良い加減」という意味も込めておられるのでしょう。

『 加はプラス(+)、減はマイナス(-)、アメリカあたりでは(-)は悪という考えだ。
冗談じゃねぇよ。教育だって++++・・ばっかり求めるから子供がおかしくなる。
いい時もあれば悪い時もあるのが人生、世の中ってもんなんだよッ。
試験でいい点をとってくれば「おう、頑張ったじゃねえか」、悪いときは「次は頑張れ
よ」でいいんだよ。風呂だって“いい加減”でなくっちゃ入れねェだろ』

『経営だってそうだよ。毎年毎年もっと儲けろ、もっともっとなんてやってるから経済
も社員もおかしくなる。日本の文化というのはお互い様、三方よしなんだ。自分だけ
が良ければいい、なんていうのは最低とされてきたんだよッ』と極めて明快。

そう言えば「○期連続増収増益」なんて企業の業績情報を目にすると、「立派だなあ」
 と思うのと同時に「それはそれで大変だな」と思うのは私だけでしょうか。

「日本」という文字の由来、意味するところなども大変興味深くお聞きしましたが、
日本人の信仰心は、何より「おてんとさま」(太陽)への感謝が元になっているの
であり、「今日は」(こんにちさま=太陽の意)、「さようなら」(左様であるならば)など
の解説はとても面白く、「べらんめえ」でお話になりますので聴衆から笑いの絶えな
い元気をもらえる記念講演会でした。

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境野勝悟

昭和7年 横浜生まれ。早稲田大学教育学部卒業。
私立栄光学園高等学校で教鞭をとる。
昭和45年ヨーロッパ各国の教育事情を視察。昭和48年栄光学園を辞職、中学生
の「心の教育」を掲げ、大磯に道塾創立。
経営者、ビジネスマン、主婦層にまで幅広いフアンを増やしつつある。

『こころの教育』NHKレギュラー出演。
著書に「こころの教育」、「生きる教育」、「修身訓こころの教育の原点」などがある。


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2009年02月18日(水)更新

はっきり言います!「なんですぐに起業??」・・いよりんさん。

17日付[明大生との毎週一問百答]で、明大商学部の大塚さんが「起業します!
個人事業ですが、正直怖いです。不安です。経営者のみなさまが起業するときに
気をつけていたこと、失敗したことアドバイスなどありましたらお願いします」と質問
されました。

これに対し、間髪入れず人材育成のサポーター井寄事務所の“いよりん”こと井寄
さんが「学生からなんですぐに起業??」「起業するなら会社に最低3年は勤める
べき!」と、他の経営者のみなさんはどうお考えかわかりませんが、と断って持論
を述べられました。詳しくはいよりんさんのブログを再読いただくとして、私も同感
です。
(この際いよりんフアンであることはぬきにして)。

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私も8年ほど商社でサラリーマン、どうしてもつくりたいものがあって、その後3Kも
かくやと思われる町工場2社(最初は商社の先輩が社長、つぎは典型的町工場の
親父さんが社長)で計7年、それから起業しましたので本当に貴重な経験をした、
と今は思います。

生来の職人気質と用心深さがあいまって、なんとか30年零細な企業を続けて
これたのではと考えておりますが、いくつか私なりにアドバイスができることもある
ように思います。
ただ少し長くなりますのでブログでは意を尽くせません。ご興味があれば大塚さん
メールください。

それにしても大塚さん、いよりんさんの剣幕には驚きましたよね!。
大塚さんはもう「起業します!」と言ってるのに。・・・アドバイスになってない(笑)
でもいよりんさんは誰よりも大塚さんたちのことを心配しているんですね。ご自身の
経験から。

「経営者会報ブログ」は素晴らしいと再認識しました。

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ちょうど今読んでいる本「あなたには“躾”があるか?」(斎藤 薫著 講談社)に
面白いことが書いてありました。

No221【一流企業の躾】 <一流企業は、一流の躾をするから“一流”なのだ>編。

抜粋です。
『 「一流企業に1年でも2年でもいた人って、30代40代になってもわかるんです」
と言ったのは、ある小さな企業の女性社長。「特に、何でもない基本的なことで
わかります。“おじぎ”より、もっと基本的なことで」。
“おじぎ”より基本的なことって何なのかと思ったら、おつかいもので持っていく
おせんべいの袋を床に置かないとか、お客様がいらした時、首だけじゃなく体ごと
そちらを向くとか・・・。まさに“体の中に躾があるかどうかってこと”をこの人は
言いたいのではないのか。(中略)一流企業は、たとえば3ヵ月の“研修”みたいな
もので、社会人としての“言葉にできない躾”を一人一人の体に送り込んでいる。
まずは“会社の名に恥じない人に”という、誇り。それが、いつの間にか“躾ある
人たち”を育成するのだろうと言うのである。 これ、すごくよくわかる・・・(略)』

・・その無言の躾が代々伝承されてきたのが“一流企業”というものである。
だから、つべこべ言わず入れるなら入ろう、一流企業。と結んでいますが、もちろん
一流企業って大企業とは限らない、と私は思います。

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そう言えば、この未曽有の不況を作りだした元凶は「躾」のできていない連中の
仕業だったのかも知れない。


横山国男

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