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「プリント道」45年余。新たな自身の夢と後継者への手紙-(株)横山工藝社長 横山国男のブログ
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2008年11月09日(日)更新
「越前ガニ」と「沙漠化」について考える。
特に温かいようで気になります。
誰もが知るようになった「越前ガニ」。その解禁日は今年は11月6日でした。
福井県の沖合から解禁日の朝戻ってきた蟹漁船、揚げられたズワイ蟹の初セリ
の風景などは、毎年TVニュースですっかりおなじみになりましたが、どうも近年の
画面は違ってきたように思います。
背景に、冷たい雨風やみぞれ混じりの天気、暗い色の海がありません。
あと半世紀もすると、このあたりの年間平均気温が「那覇」と同じになる、という
「温暖化」の予測すらあります。
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かと言って日本が「砂漠化」するとも考えにくいですね。周囲を海に囲まれている、
そのおかげで多雨である、「緑被率」は世界第二位、などが思い浮かびます。
長年冷害などで苦しんだ東北や北海道でも「米」の収穫がさらに容易になるでし
ょうから、飢餓も考えにくい。バイオや品種改良の技術も世界のトップクラスです。
携帯やIT環境その他の「日本独自規格」が進んで(遅れて?)ガラパゴス化する
という意見もあるようですが、大きなハワイ・・パラダイス化するかも知れません。
とかく悲観的な方に傾きがちな(世界有数の自殺大国でもあるので)日本。
1500兆円も個人金融資産があるんだそうですから(誰も見たことはないけど)
「恐慌」になっても国家倒産はしない、とゆるく考えて暮らすのはどうでしょうか。
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しかし、世界各地で起きている「砂漠化」・・・水が少ないという意味で「沙漠化」、
の問題は少し調べてみると、「月の砂漠」のようなロマンチックな風景には程遠
いものがあります。
砂漠化の原因はいろいろ複合していますが、やはり「人間」が原因となっている
大きなものとして一例をあげると人口爆発があります。
資料によると、例えばアフリカのスーダンでは20世紀に入ってから人口が6倍。
井戸ポンプが普及したのが原因だそうです。水が使えるようになり、家畜を増や
すことが容易になりました。
しかし、増えた家畜は緑を食べ尽くす、人は乏しくなった木々を根こそぎ取って
調理や家を造る泥レンガを焼くのに使う、井戸はさらに深く掘られ、地下水は
涸れ、木も枯れていくという悪循環が始まります。
美しかったオアシスも、次々と文字通り「沙漠化」していったのです。
農業の機械化も過剰耕作、農地の酷使につながり、土地をやせ細らせ、雨が
降れば土壌流出、表土は流れて砂漠化します。
しかしこの問題の難しいところは、その地に住む人々にとって「必要不可欠」、
「生存のための営み」そのものだということです。
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今日の新聞に「エネルギーの自給を目指して注目されている」岩手県葛巻町の
話題が載っています。標高400m人口8000人のこの町は、今や風力発電、
太陽光、酪農の町なので家畜糞、森林資源から出る間伐材などのバイオ技術も
総動員して、今や町内消費エネルギーの70%をまかなうそうです。
各種団体の視察や観光客も増えて昨年は約50万人が訪れたのもプラス。
先日、環境NPO法人の代表を務める、親友の建築家が持ってきた「太陽熱利用
調理器(コンロ)」で実験をして見せてくれました。
薄いステンレスの鏡板が四方に開く簡単な構造のものでしたが、大して強くもない
秋の日差しでも30分もかからずに、中くらいの鍋のお湯が沸きました。
感激した私が「すごいな、これをアフリカに送ったら、あの強烈な太陽だから10分
もかからんな。砂漠化防止に役立つよな、安く出来そうだし」。
「もうやってるよ。だけど鏡板は盗まれるし、上の方の人間がこれを法外な値段
で横流しするから、本当に必要な人に渡らないんだ」・・彼の返事です。
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新しいエネルギーの開発に「自然資源を活用して日本一のエネルギー基地に育
てよう」と人口8千人の小さな町が町民あげて取り組む日本。
自治体からお達しがあれば、ゴミの分別、リサイクルに文句をいいながらもきちん
と従う大半の日本人。
対して、
55カ国もあるとは知りませんでしたが、その大半が沙漠化に苦しむアフリカ。
どのような援助が有効なのでしょうか。教育にも人口制限を含む医療分野にも
多くの人的、物的援助が長い年月送られ続けてきたと思うのですが。
横山国男
【染型工房 横山工藝】
http://www.ykougei.jp/
【オーダー よさこい屋】
http://www.yosakoiya.jp/
2008年10月14日(火)更新
足羽三山(あすわさんざん)文化協議会
流れています。4年前には記録的集中豪雨で市内で堤防決壊、当社も僅かです
が、床上浸水しました。
坂もあまりないこの町の西寄りに、いずれも標高100mにも満たない、足羽三山
(足羽、八幡、兎越)の三つの山がポッカリと浮くようにあります。
三つの山は、点在しているわけではなく、一つの山といってもよいのですが、
谷で隔てられているので、それぞれに名前がついたのでしょう。
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古代から人が住んだこの小さな三山周辺には、多くの遺跡や文化財もあります。
また学術的にも珍しいシダ類やギフ蝶などの植生を持つことでも知られています。
市民、とりわけ私のような足羽山の下に生まれ、今日までのほとんどをこの山を
友として暮らしてきた者にとっては、単なる「小さな山」以上の存在です。
生まれ育ったところの原風景というものは、誰にとっても格別の意味を持つよう
で、「ふるさと」とか「里山」という言葉にも独特の温かい語感がありますね。
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原子(げんし)光生さんは、40年前、八幡山の麓に「時雨窯」を開いた陶芸家。
今では85歳ともなられ、足を悪くされたので特養施設におられるそう。
時雨窯の存続と足羽三山の文化を考える主旨で、「足羽三山文化協議会」が
このほど設立されました。
第1回の設立記念講演会が、市が移築・整備した“かやぶき”の古民家、(昔の
生活用具も収集)「おさごえ民家園」の一軒、なかでも大きな「旧城地家」の座敷
で開かれました。
(「兎越」は“おさごえ”。“うさごえ”とも読みます。)
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「足羽三山文協」の事務局長は、原子さんの御子息、斎藤成也さん。
斎藤さんは51歳、今は三島市にお住いだそうですが、名刺をいただいてビックリ。
国立遺伝学研究所、総合研究大学院大学生命科学研究科、東京大学大学院
理学系研究科生命科学の、いずれも教授とあります。
87歳の南部さんに比べれば、まだまだお若いので、将来わが町から二人目の
ノーベル賞受賞者に、などとフッと想像してしまいました。
足羽三山で思いっきり遊んだ子供のころの話などをトツトツと語って自己紹介を
された後、記念講演に招いた高校時代の同級生、花園大学教授の佐々木 閑
さん(仏教学・三国町出身)をご紹介されました。
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【仏教の現在】と題された、楽しいお話を90分。
「釈迦」の周辺から、大乗・小乗仏教の成り立ち、仏教伝来、オウムとはどういう
宗教か、までユーモアたっぷりのやさしい仏教のご講義でした。
30名ほどの聴講者の大半が高齢の方ばかりでしたが、日曜日の午後、こういう
静かな時間を持てたのは、とても裕福な思いがしました。
横山国男
【染型工房 横山工藝】
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2008年06月20日(金)更新
ターシャ・テューダー逝く。
・テューダーさんが92歳で18日(日本時間)亡くなられたことをシカゴに住む次女
からのメールで知りました。
「やっぱり」というのが最初の印象だったのは、娘達が今年一杯で帰国しそうなの
でこの夏一度来ないか、どこか行きたい所ある?と言われて「ターシャの家」に行
ってみたい、あの庭を見てみたい、と我々夫婦の希望を伝えました。
このプランはターシャの住むヴァーモント州南部,それも小さな町のはずれまでか
なり遠いこと、訪問者が多いので制限しており、ネットで申し込んでみたが、とても
順番がまわってきそうにないことなどを知らされてあきらめることにしました。
が、その時ターシャの歳を考えると、おそらく生きているターシャにはもう会えない
だろうと思いました。・・「やっぱり」。
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ターシャ・テューダーを昔から知っていたわけではありません。 多くの日本人の
フアンと同様、私達もNHKでこの数年何度か放送された番組で、たった一人で
一日の大半を大きな庭の手入れやヤギの乳搾り、とれた果実でのジャム作り、
パンを焼きパイをつくり、糸を紡ぎ、愛犬メギー(コーギー犬)とアヒル、ニワトリなど
とともに美しいヴァーモントの自然と四季の中で、絵本を描きながら昔ながらの
スタイルをかたくなに守って暮らすこの一人の老女の生活を憧れの目で見てきま
した。(本に出てくるキッチンや庭、紡糸の道具類などには目頭が熱くなります)。
このような暮らし方はそれほど大昔のことではありません。ターシャのように何でも
自作できる人は少ないですが、厳格ではなくなったとはいえアーミッシュのように、
電気も車も使わず文明の利器とできるだけ距離をおいて、必要なものは村の誰か
が、コミュニテイーで使うものは皆で(結・ゆい)作る生活を続けているアメリカの人
たちもまだいます。
ターシャやアーミッシュの目には、同じアメリカで起きた文明の象徴の高層ビルが
溶け落ちた「9.11」などはどう映ったでしょうか。
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子供の頃、裏山に廃材で「小屋」を作って遊んでいた私は、高校生のころソロー
(ヘンリー・ディヴィッド・ソロー)の「ウォールデン=森の生活」を読んでアウトドアー
やキャンプに興味を持つようになりました。(ソロー=1817年~1862年、マサチ
ューセッツ州コンコード市生まれ、作家・思想家・詩人・博物学者)
後年、家族で信州清里の「もえぎの村」(出来たばかりでしたが)を訪れ、「ホテル
ハットウォールデン」に泊まり、ソローの「コッド岬」から名を借りた店「ケープ・コッド」
でリース(花輪)の美しさにみとれました。(30年近く経って色は少し褪せましたが、
今も我が家にいくつも壁にかかっています)。小学生だった娘達も夜は車で近くの
山の上から、ホテルのお兄さんが懐中電灯のビームで指してくれた星座の説明が
忘れられない思い出と言います。
そのソローはターシャが子供の頃、ターシャの家に集まるグラハム・ベル(電話の
発明者)やマーク・トゥエイン(作家)、アインシュタインなどの文化人のひとりだった
そうですが、ターシャは社交界が苦手だったようです。
9歳のとき両親が離婚、15歳で念願だった農業生活に入り、ひとりで家を建て、
80年近く自給自足の生活をおくり、そのライフスタイルと作品は多くのファンを生
みましたが、彼女はそういう外部の評価やエコブームとは別に、たんたんと毎日、
毎季、毎年同じやるべきことを繰り返した本物の「生活者」だったように思います。
この夏は彼女の生まれ故郷ボストンにも足をのばし、このアメリカ開拓時代の
面影が色濃く残る街を逍遥してターシャを偲ぶことができたら、と思っています。
横山国男
【染型工房 横山工藝】
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2008年01月10日(木)更新
世界一の木材輸入国の「年賀状」とは。
内、この6日までの差出枚数は28億8300万枚だそうです。
総発行枚数は4年ぶりに少し増やしたものの、投函数では前年比4.1%減となって
おり、最終引き受け枚数は減るものと予想されている。(1月7日東京新聞から)
40億枚の年賀状とは一箇所に集めるとどのくらいの体積になるのか、想像もつき
ませんが、このためにどのくらいの樹木(パルプ)が必要だったのか、と考えると
恐ろしい気がしないでもありません。
郵便事業会社も「再生紙」(40~50%の古紙含有が条件、先日大手製紙会社の
年賀状用紙は4~5%しかはいっていないことが判明し、問題となりました)、また
1枚55円で発売、購入者の5円と日本郵政の拠出5円、合わせて10円を温暖化
ガス削減事業に寄付するという「カーボンオフセット年賀」も売り出したようですが、
特に後者はほとんどPRしていなかったように思います。
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この数年、「年賀状」をやめるかどうか思案しながら、やはり購入してきました。
ただ、差出しは年々遅くなって、今年は半分以上は年明けになってしまったのも
年齢のせいもあるかもしれませんが、やはり環境のことも以前よりちょっと気に
なっているのかも知れません。
一年に一度のご挨拶、表書きは手書きを守ってきたのは、1~2分でもその人の
顔を思い浮かべるからで、一筆加えることもなく、宛名もパソコンでということにな
ったらもう自分の中ではそれこそ虚礼となり、環境のためにも止めた方がよいよう
にも思います。
元日の朝、いただいた年賀状を1枚1枚見るのはとても心豊かな感謝のひととき
で、日本の佳き風習・文化だとの思いは変わりませんし、郵政省の時代から郵便
事業では年賀状が大きな収益だそうですから、それにも多少の貢献にもと思いま
すが、紙だけでなく、インキや配送・配達の燃料など温暖化の問題とのつながりも
否定できません。
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日本は国土の67%が森林にもかかわらず、世界一の木材輸入国でもあります。
結果として森林の破壊に手を貸すことになっているのですが、まだまだ日常他の
紙製品も無駄にしていますので、そちらの方からまず改めて、真心こめて一年に
一回の「年賀状」くらいは続けるべき、との思いもあって悩ましいところです。
横山国男
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2007年10月30日(火)更新
明石家さんまさんもたじたじ―野口健さん待ってます
昨夜の民放TV番組「さんまのまんま」―ゲストはアルピニストの
野口健さん。
先日BSにも出演されていて、その独特の「語り口」には時々大笑い
させてもらいましたが、それにしても天然とも思えるボケぶりの陰に、実は
「目の前で8000m超の頂上を極めて下山に入るパートナーが、意識
朦朧のなかで、自らゴーグルを投げ捨て、ザイルを解いてダイビングして
しまう、それをスローモーション映画のように見ている自分」という
極限の経験をした者だけが持つ、突き抜けた死生観、生還するものに
必要なタフさとは・・(私はそれを“真っ当な恐怖心”と“ユーモア”で
はないかと思いましたが)、いくつもの厳粛な事実の前にさんま氏も
いつもの自分の土俵とは勝手が違うな、と思いつつ深く引き込まれて
いくのが見ていて分かりました。
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野口 健 =1973年アメリカボストン生まれ。外交官の父に伴い、
世界各地で幼年時代を過ごす。偶然に書店で見つけた故・植村直巳氏
の著書「青春を山に賭けて」に感銘を受け、登山を始める。‘99年、
二度の失敗を経て念願のエベレスト(ネパール側)の登頂に成功し、
「7大陸最高峰世界最年少登頂記録」を25歳で樹立した。その後、
エベレストや富士山に散乱するゴミ問題に心を痛め、清掃登山を開始。
・・・(略)
以上のプロフイールは、11月7日、私が所属するロータリークラブの
企画「新世代のための会議」で中・高校生600名を前にして野口健さんの
「富士山から日本を変える」の講演会のチラシから抜粋したものです。
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昔、山岳小説や「K2―悲劇の山」などのドキュメンタリーを夢中で読みま
した。名優スペンサー・トレーシー、それにインド系の美しい女優さんだった
アンナ・カシュフイが共演した映画「山」、 神とも崇められたアルプスの
名ガイド、ガストン・レビュファの華麗なロッククライミング技術とアル プス
の絶景(題名を忘れました)、そしてなにより私と同年代の人は学校 から
の「団体映画鑑賞」でゾロゾロと見に行った、サー・エドモンド・ヒラリーと
シェルパ=テンジンの「エベレスト征服」(エリザベス女王戴冠式に花を添え
ましたね。1953年)。それに日本山岳界の金字塔、槙有恒の「マナスル
登頂」に心躍らせた思い出があることと思います。
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引く手あまたの野口健さんの講演会は、当日夜、広く市民を集めて開催され
るのがメインですが、その前に次代を担う中・高校生に「生きがいや、今
力を 入れている地球温暖化に対する取り組み」についてお話をしていた
だく 幸運を得ました。 野口さん、楽しみに待っております。
横山国男
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