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2011年03月27日(Sun)更新

ブログ最終回・・「マザー・オワサ」

ブログ最終回、500号です。私には望外のカウント数10万近く、
一度でも読んで下さった方も含め、心から感謝、お礼を申し上げます。
また、この機会を与えてくださった久米繊維久米信行社長、お世話になり
ました日本実業出版社事務局の皆さまにもこの場を借りて厚く御礼申し上
げます。

1号目は父の話を書いたので、500号は母の話を書いてお終いにします。
どんな「ひいおばあさん」だったか、孫たちにエピソードの一つも残して
やるのも悪くないかも知れません。

+++

母は明治34年(1901年)生まれで、父より一つ年上の姉さん女房で
した。名を「をわさ」と言い、苦労して姉4人と私を育ててくれました。
私は1942年生まれですから、母が42歳の時の子というわけです。
頑張ったんですね(笑)。

姉たちは皆「お見合い」なのに父母は恋愛だったそうで、集まるとよく
羨望まじりのひやかしを受けてました。母がデート(!)がどんなだった
かを面白可笑しく話す横で父は・・あまり観察したことはありません。

働き者で義侠心が厚く、丈夫だったせいか病人や死人を怖がることがあり
ませんでした。いわく「死んだ人は何もしない。生きてる人の方がよほど
怖いワ」といってよく笑わせましたが、その生きてる人の面倒もよくみま
した。(特に病気の人を)

+++

物のない戦後すぐの時代、私が小学生のころ、時々母は朝早く唐草模様の
大風呂敷に自分の浴衣や肌着、タオルや食べ物を包んで地下足袋を履いて
出かけることがありました。親戚の病人の世話をしに行くのですが、父方
の方が多かったように思います。

当時もっとも多くまた恐れられた伝染病は「結核」で、「肺病」と言われ
ていましたが、農村では結核とわかると、敷地が広いですから母屋と離れ
た納屋みたいなところに移されます。食事といっても栄養あるものを特に
用意できる時代でもなく、家族が粗末な食事をおくと母屋に逃げるように
帰ってしまう、というようなこともあったようです。

+++

夏の暑い頃には、母は主屋から大きな羽釜(はがま)を借りてきて湯を
沸かし、病人に行水をさせてやり、髪を梳いてやります。
それから持ってきた古いものですが洗濯した肌着や浴衣に着替えさせます。
汚れものを洗ってやり、布団を干し、持参したものを食べさせたようです。

ある時母が「ほんならまた来るでの。気いつけねや」(福井弁)と、夕刻
帰り支度をして納屋の戸を閉めようとすると、布団の上に正座した病人が
こちらを向いて母に手を合わせていたといいます。

『をわささん、ありがと。ありがとのう。をわささんとこのみんなに悪い
ことがないよう願うているでの』。

この話は私が成人してから母から聴いたのですが、しっかりその時の口調
まで覚えています。
母の人助けのおかげでしょうか、私たちなんとか元気にやっております。

+++

母の口癖は「そんなことをしたらバチが当たる」、晩年は「コロコロッと
死にたい」でした。82歳の秋のある日、脳卒中で倒れ、意識が戻らない
まま3日後には他界しました。望み通りのPPK(ピンピンコロリ)でした
が、最後3年ほど痴呆症が出たのは、本人にはわからないことなので可哀
そうでした。

トイレ掃除もドブ掃除も病人の世話でもなんでも素手で平気でした。
「手は石鹸で洗えばきれいになる。病気なんてウツらん。」とでも思って
いたのでしょう。カナイもそんな母を尊敬し好いてくれていたようです。

あなたに尊称をおくります。いなくなって30年近くも経ってからですが、
マザー・テレサならぬ「マザー・オワサ」と。(笑)



          ************

       読んでくださってありがとうございました。
     今年に入ってブログを書き続けようか迷っていました。
     そんな心境でいるところへ東北関東大震災が起きました。
       「無常」を感じさせられる出来ごとでした。
      被災地ではありませんが、まだショックが抜けません。
      今はまず元気を出して仕事ガンバローと思います。
    いずれ、落ち着いたら「じいさんがばあさんに作るナントカ」
     というようなブログを書いてみたい、と思っています。
         その節はまたご訪問ください。

         ************

<忘れられない日の記録②・・山頭火の句に思う>

自由律俳句の俳人、種田山頭火は昭和11年7月、福井の永平寺に五日間
山籠しました。正門横の句碑に次の三句が刻まれています。

「水音のたえずして御仏とあり」
「生死の中の雪降りしきる」
「てふてふひらひらいらかをこえた」

 あの津波の水の中や降りしきる雪の中で息絶えた多くの人たち。
てふてふ・・ちょうちょは今まで私の中では一ぴきでしたが、今は無数の
ちょうちょが陽光に温められた大伽藍の瓦屋根をひらひらと越えていくの
が見えるような気がします。苦しみから解き放たれて。

もう少し暖かくなったら、永平寺へお参りに行こうとカナイと話しています。

 皆さま、今ある命と目の前の生活を大切にお暮らしください。

                          株式会社横山工藝
                             横山 国男

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 2009年制作事例セミオーダーのご紹介よさこい屋店長ものづくり日記
 スタッフ日記なおくま店長日記日と月・エチゼンニッキ

2011年03月26日(Sat)更新

「備えあれば憂いなし」・・とはいうけれど。

連載499回。マージャンで言えば“ラス前”です。
私的なことですから別に500回にこだわる必要はないのですが、まあ
行きがかり上ということで。

加えて来週28日には、このブログシステムが新バージョンに移行し、
数日UPできないこともあるそうなのでそれまでに到達したいな、と。

前回記事に、新保さん、庄山さん、高嶋先輩、寺田さんから過分なコメント
いただきありがとうございます。「経営者会報ブログ」を書かせてもらって
本当によかったです。
日本実業出版の酒井さんからも心温まるお電話をいただいて感謝です。

+++

先日、いよりんこと井寄さんからも「経営者会報ブログ卒業ですか。淋しい
ですね」とメールをもらいました。いよりんさんの「初出版記念パーティー」
に堂島ホテルに伺い、古芝さんはじめ“いよりん親衛隊”(?)の皆さんに
お会いしたのもつい昨日のことのようです。

あれから早くも井寄さんの4冊目の本が間もなく書店に並ぶようですから
ホントにすごい。
ご本人の努力、パワーもさることながら「経営者会報ブログ」の縁者の皆
さんの応援も大いに力になったことでしょう。

+++

一昨年の初夏でしたか、その井寄さんと新保さんが弊社に来られました。
新保さんは新装の「サンダーバード」に乗りたかったそうで、併せて吉川
壽一さんの「書」Tシャツの制作現場も見たいと。(たまたま本人も来社
していて喜んでもらえました)。井寄さんは本を出すための取材でした。

車中、お二人は話に夢中で「福井」で大慌てで下車、井寄さんは携帯を
置き忘れるというハプニングなどもありました。(無事回収されました)

三人でお昼を食べているとき、問われて私の経営に対する考え方みたいな
ものをお話しました。

「時代に恵まれてやってこれたけれど、特にモノづくりはマーケットや
ニーズが無くなれば終わり。努力も勤勉も大切だけど、そういう意味で
“次”をいつも考えておくことかな。「備え」ということでしょうか。
でも、“一度も本番出動が無く退役した村の消防車”が最高のように、
社長として、あるいは人生の終わりに当たり、“一業専心”だったな、
“無事”だったな、備えていたけれど必要なかったな、となれば最高じゃ
ないかと思います」というようなユルイ話(笑)をした記憶があります。

+++

バブルも失われた20年もそして何より私をも「過去」のものとして、
予測される厳しいそして不安な時代を元気に明るく乗り切っていって欲しい
と2度目の「経営計画(5年)」を作秋から会計士さんと後継者を交えて
策定中でした。

「ムダ・ムリ・ムラのないコンパクトな会社を目指す」ことでなんとか
5年後の目標BSは出来たのですが、突如、この国の経済・経営・生活を
覆すような天災が起きました。前提から練り直さねばならないでしょう。

今回日本を襲った歴史上稀な巨大地震・津波は、小さな「備え」などを
吹き飛ばすほどの大自然の猛威でした。

「無事」という言葉の意味、大きさを考えさせられる毎日です。


          *************

<忘れられない日の記録>

1)3月11日にアメリカのNOAAが初めて公開した水深測量図他の写真
(拡大するとなおその凄さがわかります)
太平洋の水を抜いてしまうとどんな地形になるか、という図で、この
プレートマップを見ると日本列島というのが本当に崖っぷちにあるという
のが分かります。他の写真もすごいが、アメリカという国はすごい。

2)こちらはNewYorkTimesのウェブサイト
日本の新聞などでは見られない、心をえぐられるような写真の連続です。
思わず涙します。

株式会社横山工藝 横山国男

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2011年03月24日(Thu)更新

私の「ブログ」体験記。

3月も24日だというのに今朝はまた雪がちらついている。
春らしい日が少なくこの分では今年は桜の開花も遅れるでしょう。

つたないブログも終わりに近づきました。
ここで私にとってこの5年間500回のブログを書いてみて感じたことを
振り返ってみたいと思います。

小企業とはいえ「経営者が書くブログ」ということでいろいろ自身の中で
抑制した部分や反対にええカッコした部分がないとは言えません。

+++ 

これは受け売りですが、ブログというのは
1)自分の考えや主張・主義を発信するメデイアである
2)そしてそれを格納する場所である

現在ツイッターなるものが新たに登場しましたが、私がやらない理由は
直感、つぶやきなどをすぐ発信してしまう怖さがどこかにあるから。

一度口に出してしまったものは戻すのが難しいし、つぶやきで済まないこと
になったりするのも厭。
またなんとなく「せわしい」と感ずるのは歳のせいでしょうか。

ツイッターはドンドン発信しますが、すぐ消えていくものでもあります。
対してブログは保存(格納)され、「過去ログ」として検索の対象になっ
たり、自分で読み返したりもします。「日記」と言われる所以でしょう。

+++

このようなつたないブログですが、何をどう書こうかなと結構考えるもの
です。(好奇心旺盛な方なのでネタで苦労することはあまりないですが)
ただ、UPする前には何度か削ったり付け加えたりして時間がかかって
しまいます。ここがツイッターとの大きな違いでもあります。

それでも最初のころから比べると早くなり、要点をしぼるとか多少文章
修行になったとは思います。それも目的でしたから小さな収穫の一つです。

自分でブログを書くようになってから、他の人のブログも結構読みますが、
内容もさることながら、テーマ、構成、文章力などで勉強になったことも
少なくありません。

ただ我々のようなありふれた市井の人でも本当に素敵なブログを書かれる
人がいて、勉強する云々より素質・素養だなと思わされることも度々で
した。

小説ではないので500回も借り物や猫をかぶり続けるわけにはいきませ
んから、まあ大体私という人間が出てるはず。恥多き5年とも言えます。

小さな企業でも「経営者」だから・・と構えてしまう面があったことは
否めません。従業員やお得意様の中に読んでおられる方がいるのでは、と
いう意識も常にあります。

会費が要るのでイベントの告知や新製品、新サービスの紹介・PRを自由に
できる「経営者会報ブログ」ですが、結果的にはあまり書いていないこと
にも気づきます。
HPをいくつか立ち上げていて、中には前受金をいただくような仕事も
あり、会社、代表者がどんな人間か・・信用面での補完的役割をこの
ブログを通じて感じ取ってもらいたいというのも目的の一つでした。

+++

ところで「お気に入り」ブログの一つにTさんのブログがあります。
Tさんは73歳、大手の金融関係にお勤めだったようです。

静かに現代の日本の政治・経済・社会の問題・話題への卓越した洞察と
意見、そして日常生活も記されているのですが、この年齢でPCを自在に
使いこなされているのも憧れで、今後は私ももっとPCをカッコよく使える
ようになりたい。若い時商社で船積書類を作っていたので英文タイプをよく
使ってました。ブラインドタッチで速いローマ字入力・・最初は
ちょっと得意気でした(笑) それはともかく指は忘れないものですね。

+++

15年ほど前に久米信行さんに飛び込みで面談、HP(ホームページ)を
見せてもらって新しい「情報化社会」が到来する予感をおぼえました。

5年前、久米さんからここでブログを書くようお勧めをいただきました。
かろうじてICT時代の尻尾につかまってオロオロしながら続けているうち、
SNS,ツイッター、フェイスブックなど次々と新しいメディアが登場、
それとともに世界はフラット化の方向へ、新メディアは今や国家の形態すら
変革をせまるような(中東)力を持つようにすらなってきました。

+++

これからもこれらのサービスを享受し、経営(生活文化関連業種でもある
ので)や趣味の充実に生かせたらと考えています。

還暦すぎたカナイは最近フェイスブックを始め、海外に住む二女夫婦や
その周りの人たちなども含め、新しい「絆」を作りはじめています。

長年のパン、ケーキづくりに最近は和菓子も始めたカナイと、アートや
ゴルフ、染織、家とイタリアン(料理)のアレコレで「じじばばブログ」
でもいずれは始めてみるか、と話しています。

人生の後半になって楽しい5年間を過ごさせていただいたと皆様に感謝し
ております。


株式会社 横山工藝
横山 国男

2011年03月22日(Tue)更新

私が考える「プロフエッショナルの条件」

ブログ事務局の田中さんから、経営者が考える「プロフエッショナルの
条件」とはどんなものか、という質問がありました。(第230弾)
最近は事業承継のことも念頭にあるので時々そういうことも考えることが
あります。

+++

一つはプロというのは、「完成形」がイメージできなければならない、と
いうこと。そのためには「想像力・創造力」が必要ですが、過去にどれだけ
の知識や経験を積み重ねてきたか、という「引き出し」の多さもベースに
なると思います。

プロの経営者であるなら、意識する、しないにかかわらず次のような思考を
ある時は素早く、ある時はじっくり実行しているのではないかと。

1)案件・懸案・事象・状況などを正しく「理解」する
2)狭雑物をとりのぞき理解できたと思ったら、次にやるべきこと、求め
 られていることをきちんと「判断」する
3)「決断」する
4)「実行」する

「完成形」といっても商品・製品のような形あるものだけでなく、ビジネス
モデルやサービス形態なども含まれますが、「お客の求めに応え最高の
パフォーマンス」を常に考えている、すなわち「(それも美しい)完成形」
をイメージしている一例として、プロサッカー選手なども挙げられると思い
ます。この場合は、上記4つの思考と行動が瞬時に行われる時が多い。

+++

500回を機にブログを休止したいと思っていますが、改めて「経営者」
「社長」とは、と考えてみれば

         組織の経営に責任を持つ者   

という単純明快なものでしょう。

小企業の社長というのは、日々小さなことから大きなことまで「意思決定」
の連続で、しかも間違えたくありません。また間違えた場合は素直に認め
る勇気を持ち、元へ戻ってこの4つ
   「理解する・判断する・決断する・実行する」
を繰り返していくほかに方法はないと自分流ですがそう考えています。


株式会社 横山工藝
横山国男

2011年03月18日(Fri)更新

猫ドア

日本人の二人以上の世帯では、約半数の家でペットを飼っているという
調査があります。

大体ですが、内訳は犬が50%、猫が30%、魚が10%、鳥が7%だ
そうですから、ミドリ亀とか爬虫類などその他は3%くらいです。

ペットを飼う理由の第一は「癒し」。ペットを飼うことで安らぎを得て
いる人は多いですね。特にこのような時代ですし、人の役に立ってくれ
ています。

当社のお客様の中に、ペットの服を制作されておられるところがあり、
(主に犬ですが)プリントの加工を依頼されてこられます。
なかなか楽しい仕事です。

悲しいことは、今度の巨大地震・津波は数多くのペットの命も奪ったこと
でしょう。また原発の事故から一緒に避難が叶わなかった子もいるので
は、と想像すると胸がふさがれる思いがします。

信じられないようなこのたびの大災害、肉親や家や仕事、中にはその全て
を失くされた人も多くおられると思います。
これからその喪失の大きさを実感させられるつらい毎日がくることを想像
すると、一頭、一匹でも生き延びて飼い主のところへ戻ってくれることを
願わずにはいられません。そして癒し、励まし、力を与えてあげてほしい。

+++

我が家にも猫がいます。もう来てから13年ほどになりますから、人間で
いうと私と同じ初期高齢者かも知れません。

年明け、30年あまり住んだ社屋の2階からほど遠くない住まいに越し
ました。外が見たいだろうと道路沿いの窓に棚板をつけてやりましたが、
それほど高くないのに怖がって登ろうとしません。あれほど身軽だった
のに。

ドアの多い家で、いつも少し開けておくのは寒いし、閉めてしまうと
ガリガリやられるのも困るので(引き戸は上手に開けたのですが)、
親友の工務店社長に頼んで「猫ドア?」をつけてもらいました。

慣れてくれるか心配しましたが、すぐ上手に出入りするようになりました。

文字通り“猫の手”でチョイチョイとフラップを押し、頭を入れます。


スルリと入ってきます。


アメリカ製のすぐれもの。赤いボタンを切り替えると「どちらか一方通行」
「出・入り自由」「開閉ストップ」を選べます。
いくつか取り付けましたので、家の中を自由にあちこち移動してます。

猫はクール。犬のようにちぎれるほどシッポを振ったりしない。
それでも猫好きのカナイの後をいつもついてまわっています。

コジロウ君、これからもお互い元気でやっていこう。


株式会社 横山工藝
横山国男

2011年03月15日(Tue)更新

容易ならざること

5年前、尊敬する久米繊維久米信行社長から書くことを勧められた「経営
者会報ブログ」、ヨタヨタながら3月末には500回に届きそうなので、
一旦休止しようと考えていました。

最後の数回は、理屈っぽくない明るい話題を、なんて考えていたのですが、
文字通り「驚天動地」の事象が発生して、心が千々に乱れているこの2~
3日です。

「ブログ」はツイッターなどと違って日記でもあり、小さな自分史を兼ねて
この5年間何を考え、どうしたかも後継者と二人の孫に残しておくのも悪く
ないか、とも思って来ました。

つらいですが、2011年3月11日、この国に
「容易ならざること」が起きたことも書いておきたい。
「9.11」ならぬ「3.11」のことを。

+++

何があってもビクともしないような大阪の「日本綿業会館ビル」が、80年
も前に建てられた話を10日のブログに書いたら、社労士の井寄さんから
「事務所がすぐそばなので寄って下さったら良かったのに・・」とコメント
をもらいました。翌11日、コメントを返そうとしても障害があり、メール
しました。
(いよりんさん、何かあったらここへ避難するといいですよ)。

井寄さんのブログでは「皆さん、元気を出しましょう。日本経済のためにも
私も普段どおりの生活を心がけたい・・」というような記事を最初に書いて
おられましたが、メールでは「とは言っても心が折れそうになる」と。
正直皆さん同じだと思います。私もです。

+++

今、3月15日の早朝ですが、東電福島原発に「容易ならざること」が
起きているようです。
原子力発電16基を抱える「福井県民」として、以前、関係の本、たとえば
反原発の作家広瀬隆さんの『東京に原発を!』や『ジョン・ウェインはなぜ
死んだか』などの著書も読みました。

13日付の「ニューヨークタイムズ」紙が、今後予想される深刻な事態に
ついて書いている、とのネットでの報道もありますが、一般人である私が
生半可な知識で不用意なことを書くつもりはありません。
ただ自分はきちんと事実を知り、心を平静に保ちたいと思っています。

+++

先ほどCNNを見ていたら、巨大津波が引き起こした惨状の現場も報じては
いますが、避難所の若い夫婦にインタビューをしていました。
タオルを被った若いお父さんが赤ちゃんを毛布にくるんで抱いています。
かたわらに奥さんも。小さな命を守り切った喜びを語っていたように思い
ます。

また、兄弟と思われる小さな男の子二人が床の上でふざけあっています。 
無邪気に・・・。
傍らでは、目をつむる老人、頭を抱え微動だにしない人もいますが、
不思議にこの赤ちゃんと子供たちの光景に明るいものを感じました。

日本のマスコミも瓦礫の山ばかり映さず、心が折れかかっているこの国の
人たちに、このような「希望」を感じさせるシーンも見せてくれたら、と
思いました。



株式会社 横山工藝
横山 国男

2011年03月13日(Sun)更新

祈るのみです。

東日本の「大震災」それに伴う「巨大津波」。被害の全貌は発生後40時間
ほど経過していますが明らかではありません。
心がくじけそうになってこの悲惨な現実を受け入れるには勇気が要る。
それにしても「予知」は全く不可能だったのでしょうか。

6歳の時、強烈な「福井地震」を経験しました。深く沁みこんでいるもの
が私の中にあります。

学校は? 子どもたちは?・・・家内とともに祈るような心境でいます。

今日ほど座右の銘にしている
  「今ある命が全てである。目の前の生活が全てである」
 を実感したことはありません。

被災者の皆様には、今ある命を大事に、気を強く持って生活を取り戻し
てくださるよう願ってやみません。

愛読しているいくつかのブログも更新されていません。国中の人が、世界
の人があまりのことに沈黙し祈っています。

私たちにできることを考え続けています。

株式会社横山工藝
横山 国男

2011年03月10日(Thu)更新

驚嘆! 堂々の80年~「日本綿業会館」ビル(大阪)

昨日9日は大阪市中央区備後町にある「日本綿業会館」へ行きました。

 

急な予定だったのですが、たまたま京都に所用があったのでなんとか時間
をやりくりして午後1時からの講演会に出席しました。

講演会はこの会館にある「(社)日本綿業倶楽部」が主催する会員向けの
月例催事「倶楽部茶話会」で、友人のゴルフエッセイスト鈴木康之さんが
『18歳の若きスポーツマン、石川遼、菊池雄星に教えられたフェアな
紳士道』と題し、50人ほどの老ジェントルマンの涙線を刺激しました。

+++

会場の「日本綿業会館」ですが、昭和7年1月1日に開館した建物で、ほぼ
建設当時のままで今も活発に使用されている現役ビルなのです。平成15年
には文化庁から数少ない近代建築の「重要文化財」に指定されました。

設計は東京の旧日本糖業会館や宝塚ゴルフ場のクラブハウスなどで有名な
渡辺節氏、後に日本を代表する建築家となる村野藤吾氏も参加した、と
講演のあと案内下さった事務局長(?)さんから懇切な説明がありました。

世界各国の意匠を内外装のデザインに取り入れ、当時としては画期的な空調
設備も配した(80年間ダクトのトラブルなしとか)驚くべき建築物なのです。
曲線を多用したアールヌーボー調の部屋あり、英国の古い教会のような剛直
なゴシック調の大きな談話室ありで興味が尽きません。



国際連盟満州事変調査団(リットン調査団)や各国の要人も多く訪れ、また
建物のみならず、調度や絨毯などが昭和初期のままなので、先年NHKで
放映された「白洲次郎」の撮影や、そのほか映画に何度も登場しました。

+++

およそ50年前、中之島に本社を置く日本でも最も古い株式会社組織の一つ
(半官半民で設立された綿花貿易商社)に入社した私は、研修の際このビル
の前を何度か通った記憶があります。当時は内部がこんなに素晴らしいもの
だとは知るよしもありませんでした。

第二次大戦の空襲でまわりは全て焼け野原になりましたが、耐火性レンガ
と鉄線入り耐熱ガラス、内側にさらにガラス窓を配した外壁構造でほとんど
被害を受けなかったいうことです。あの阪神淡路大地震の影響も見られません。

ニュージーランド大地震では近代的なビルが倒壊、遺体発見の悲報が続く
日本ですが、我が国に80年前にこれだけのビルがあったのですね。

百万円を遺贈したのは岡常夫氏で、当時今のIT産業と自動車産業を合わせ
たくらい力があったと言われた紡績業・・東洋紡績の専務だった人。
(玄関ホールに立派な銅像があります)
他に商社などからの50万円の寄付があり完成したとのことです。
同時期に竣工した大阪城天守閣の2倍の費用がかかったそうですから、大阪
のもう一つのシンボル的存在だったと思います。

スタイルの違うレストランや喫茶室、囲碁・将棋などのホビールームなど
の他、屋上に開館当時からゴルフ練習場があります。なんとビルと年齢が
近い80歳の岡本プロが会員にレッスン中でした。

ビジネスで成功した名士たちが、ここに集まり夜ごと晩餐会や大きなホール
で舞踏会を楽しんだ様子をフッと想像しました。
 
商都大阪・・もう一度元気になって欲しいと思います。


株式会社横山工藝 横山国男

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2011年03月09日(Wed)更新

溝口肇さんのチェロ

先日、チェリスト(チェロ奏者)溝口肇さんの演奏を聴く機会がありまし
た。
「世界の車窓から」のテーマ曲を作曲した人と聞いて身近に感じましたが、
クラシックから始まってロック、ポップスなど幅広いジャンルで演奏活動を
されている国内チェロ奏者の第一人者と初めて知りました。



+++

CDジャケットにあるチェロ(セロ)の写真を見ても素人の私には形の上で
はバイオリンとどこが違うのかよくわかりませんが、バイオリン→ビオラ→
チェロ→コントラバスとだんだん大きくなるに従って低音域で豊かな音が
出せるようになるということでしょう。
楽器によっては弦の本数も違うようですが、好きなバロック音楽にはなくて
はならない楽器。

昨年秋、千住真理子さんのバイオリンをすぐそばで聴き、「すごいな」と
思いましたが、溝口さんのチェロはこのような楽器の特性もあるのか
ゆったりとした「包容力」が心と体に沁みこんでくるようでした。

+++

チェロといえば、映画「昼下がりの情事」でオードリー・ヘプバーンが
大きなケースを持ち歩くシーンやへたくそな練習風景が思い浮かびます。
童話「セロ弾きのゴーシュ」を書いた宮沢賢治も実際にチェロを習って
いたそうですが、上手くはなかったとのこと。「ゴーシュ」の名は、
「ゴー、スー」というチェロの下手な音からつけたという説もあるとか。

+++

溝口肇さんは50代に入ったばかりですが、ハンサムで雰囲気があって
女性のフアンが多いことでしょう。
最近のクラシックの女性演奏家にも驚くほど美女が多いですね。
演奏会は「耳福」(?)に「眼福」も加わって楽しい。

横山工藝 横山国男

2011年03月02日(Wed)更新

春がきた!

3月になりました。今日は寒い一日で時々小雪が舞っていますが、気分は
もう春。

あれほどあった雪もスーパーの駐車場に積み上げた分が少し残っている
くらいで、近くの小学校の校庭からは野球の練習をする元気な子供たち
の声が暗くなるまでひびいています。グラウンドに雪はもうありません。
新燃岳の近くの学校の校庭に積もった灰は、子どもたちの体育や練習など
の妨げになっているのでしょうか。

雪国に生まれましたが冬は苦手。天候もありますが、この時期は昔から
気分が落ち込み前向きになれず、時々カナイから「ホラ、元気を出して!」
とハッパをかけてもらいます。

しかし、3月と聞くとなにか重石がとれたような気がして「頑張るゾ!」と
なります。

+++

『春が来た』といえば昔愛読していた劇画。作:小池一夫 画:小島剛夕
のコンビでそれはそれは面白かった。もう一度全巻読んでみたい。

“仕事ひとすじで人生の大半を過ごしてしまった、初老の元同心と元忍者
の二人は、残りの人生を自分のため生きようと決意する。奇妙な友情で
結ばれた二人に、人生の春はやって来るのか!?”<eBookJapanの電子
書籍の「立ち読み版」から引用>

画も素晴らしいが、作者の小池一夫といえばキャラクター作りにかけては
天才的で、いつもコミック界の黒澤明だと思っていました。

+++

私も早く残りの人生を自分のために生きる、というような状況を作り出し
たい。

横山工藝 横山国男
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「知るは喜び、調べるは楽しみ、分かるは感動、学ぶは一生」とか。高齢者の仲間入りの年齢ですが、仕事でも趣味でもICT時代の恩恵に感謝しています。趣味・・本好き、水彩画、ゴルフ('05までJGA委員、現在中部ゴルフ連盟ジュニア育成委員ほか。エポック・・還暦のアルバトロス、'06...

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